目指せ!電気主任技術者~解説ノート~

第一種電気主任技術者の免状保有者がまとめた電気主任技術者試験の解説ノートです。

直流送電方式の利点と課題

今日の電力系統では,エジソンの時代*1のような「交流か直流」という二者択一ではなく,「交流と直流」が併用されている。

本稿では,直流送電方式の利点と課題について述べる。

高圧直流送電(HVDC)

高圧直流送電(HVDC : High Voltage DC transmisson)は,両端に交直変換設備を置き,長距離区間を架空線およびケーブル(および両者の組合せ)を用いて直流により送電を行うシステムのことをいう。

広義では,送電線やケーブルを含まずに両端の変換器が同一構内に設置される周波数変換設備(FC : Frequency Converter)や非同期連系設備(BTB : Back To Back)も,交流 → 直流 → 交流の交直/直交変換を伴う点で共通するため,直流送電の部類に含まれる。

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洋上風力や離島と本土系統を直流送電で連系する場合には,交流送電における海底ケーブルの充電電流の制約を受けずに送電電力を高めることができ,誘電体損失も小さいという特徴がある*2

また,架空送電においては,直流は交流に比べ対地電圧を低くすることができ,一般に鉄塔の高さを低くすることができる。

例えば,交流送電と直流送電において,送電電力および送電損失がそれぞれ等しい場合,直流中性点接地 2 線式(双極式)における送電線の対地電圧は,交流三相 3 線式の対地波高値に比べて,$\sqrt{3}/2$ 倍となる。ただし,各導体の抵抗の値は同じで,交流の場合,力率は 1 とする。

一方で,交直変換装置を必要とし,交流系統の電圧で転流動作を行う他励式変換器を用いる場合には,常に遅れ無効電力を消費する。

このため,交流側には遅れ無効電力を補償する設備が必要である。直流は交流のように電流零点を通過しないため,事故電流を抑制又は遮断するには,交直変換装置の制御により行うか,大容量高電圧の直流遮断器(DC circuit-breaker)が必要となる。

直流送電方式

直流送電方式には,以下の 4 種類がある。

  • 単極大地(または海水)帰路方式
  • 単極導体帰路方式
  • 双極中性点両端または片端接地方式
  • 双極中性線導体方式

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直流送電の得失

交流と直流の送電は,それぞれ送電損失や建設コストなどに特徴があり,送電距離や送電電圧も含めた総合的な検討が必要であると言われるが,高電圧化することで,長距離でも大容量の送電ができ,異なる周波数の系統をつなぐことにも可能であるというメリットがある。

直流送電の利点

  • 直流には交流のリアクタンスに相当する定数がないので,交流の安定度による制約がなく電線の熱的許容電流の限度まで送電できる。すなわち,大電力の長距離送電ができる。
  • 海底ケーブルや地中ケーブルによる交流送電による過大な充電容量や誘電体損失の発生がなく送電容量を高めることができる。
  • 直流の絶縁は交流に比べ $1/\sqrt{2}$ に低くできるため鉄塔が小形にでき,送電線路の建設費が安くなる*3
  • 非同期連系ができ,周波数の異なる交流系統間の連系が可能となる。
  • 直流による系統連系は短絡容量が増大しないので,交流系統の短絡容量低減対策の必要がなくなる。
  • 直流の電力潮流の送受電制御が迅速,かつ容易に行える。
  • 常時または事故時に大地帰路方式による送電が可能な場合は帰路導体が省略でき,さらに経済的になる。

直流送電の課題

  • 交流系統のなかで使用する場合,送受電端に高価な交直流変換装置が必要で,かつ高調波・高周波の障害防止対策が必要である。
  • 交流系統の電圧で転流動作を行う他励式変換器は交直流変換の際,変換容量の 60 % 程度の無効電力を消費するので,調相設備(電力用コンデンサや同期調相機)の設置が必要である。
  • 直流は交流のように零点を通過しないため大容量高電圧の直流遮断器の開発が困難で,変換装置の制御で通過電流を制御してその役割を兼ねる必要がある。このため多端子の直流送電系統を構成することは困難で系統運用の自由度が低い。
  • 大地帰路方式の場合は電食,海水帰路方式の場合は船舶の磁気コンパスの影響を引き起こすおそれがある。

直流送電用の変換器

他励式変換器

サイリスタを用いた変換器であり,位相制御により有効電力制御を行う。

有効電力の増大に伴い無効電力の消費も増大するため,変換器容量の 60 % 程度の並列コンデンサなどが必要となる。

変換器の制御にあたっては,順変換器側の定電流制御に,逆変換器側における転流失敗を避けるための定余裕角制御を組み合わせるなどの方式が採用される。

なお短絡容量の小さい交流系統に接続した場合,変換器の制御が不安定となることがある。

自励式変換器

自己消弧素子を用いた変換器であり,有効電力と無効電力を独立して高速に制御することができる。

このため,自励式変換器では,基本的には並列コンデンサが不要であるとともに,変換器容量の範囲内で STATCOM(静止形無効電力補償装置)と同様の電圧安定化制御が可能である。

最近は,変換器セルを複数個接続しアームを構成する回路を用いた変換器も現れている。

この回路構成の変換器をモジュラーマルチレベル変換器とよぶ。

この場合,等価的なスイッチング回数が増えるため交流側の高調波電流を低減できるが,それに伴いスイッチング損失も増えるため,最適なスイッチング周波数を選ぶことが重要である。

自励式直流送電

サイリスタを用いた他励式変換器に代わり,2000 年代からはトランジスタを用いた自励式変換器が直流送電に適用され始めた。

これを自励式直流送電と呼ぶ。

直流送電の適用分野

交流電力系統内に直流系統を設置すれば,長距離交流送電線路において問題になる安定度問題を解決したり,多くの電源が接続される外輪連系系統における短絡容量増大問題を緩和したり,また,海底ケーブルや地中ケーブルによる交流送電における過大な充電容量問題を回避したり,送電信頼度を高める上で必要になる多ルート送電における潮流調整を容易にすることができる。

しかし,交直変換装置を安定的に運転するためには十分な無効電力の供給が必要であり,また,直流用の実用的な遮断器の開発が困難なため,直流系統では柔軟な多端子系統構成は困難である。

長距離大電力送電

交流系統での長距離大電力送電では同期安定性が厳しくなるのに対し,直流送電では,この問題がない。

さらに,絶縁設計において,直流は交流に比べ有利であるため,送電鉄塔に要するコストが交流送電に比べ安価となる。

ただし,直流送電は交直変換のための設備が必要であるため,短距離送電では不利となる。

  • 交流送電のような直列リアクタンスによる同期機間の安定度問題がない
  • 送電線路の建設費が安価である

海底ケーブル送電(離島送電,系統間送電)

海峡横断や洋上風力などでケーブルを使用する送電においては,交流送電では距離が長くなると充電電流や誘電体損失が増加するのに対し,直流送電ではこれらの発生がないので送電容量を高めることができる。

なお,離島への送電も適用対象となるが,他励式変換器の場合,離島での短絡容量が送電容量に比較してさほど大きくない場合には制御不安定性が生じるので自励式変換器を用いる必要がある。

  • 充電電流によるケーブルの容量低減がない
  • ケーブルが安価である

最近では,新北海道本州間連系設備が 2019 年 3 月に運開した。

過密都市へのケーブル送電

  • 充電電流によるケーブルの容量低減がない
  • ケーブルが安価である
  • 短絡容量対策面で有利である

非同期連系(系統間連系,系統分割)

同一の周波数の交流系統であっても,これを交流で接続すると,短絡電流の増加や同期安定性の悪化,潮流制御や事故波及防止の困難化などの問題が発生する場合がある。

このような箇所に BTB(Back to Back)を含む直流送電がそれらの解決策として適用されることがある。

  • 送受電端で同期運転の必要がないので安定度対策上有利である
  • 短絡容量対策面で有利である
南福光変電所

北陸地域と中部地域間の交流ループ系統の潮流調整として,南福光変電所・連系所*4に 2 台の交直変換器で直流送電線を介さない BTB(Back to Back)方式の変換容量 300 MW の直流連系設備が 1999 年に運転を開始した。

同設備には水冷式光直接点弧サイリスタバルブが使用されており,また,系統運用としてなんらかの理由で常時の交流連系が解け,北陸系統が単独となった緊急時に北陸系統の周波数変動を改善するため北陸系統と中部系統の周波数偏差に応じて連系電力を AFC 制御機能が付加されている。

周波数変換(異周波数系統間連系)

直流送電では,一旦交流を直流に変換して交流へ逆変換しているので,周波数の異なる交流系統を接続して潮流制御が可能となる。

  • 送受電端で同期運転の必要がないので周波数の異なる系統間の連系に適している(非同期連系の一例)

最近では,飛騨信濃周波数変換設備が 2021 年 3 月に運開した。

参考文献

  • 十見百聞「大規模災害時の電力供給能力向上を目指して~飛騨信濃周波数変換設備」
  • 佐野 憲一朗(東京工業大学),「直流送電の利用拡大と将来の広域送電網」(電学誌,143 巻 9 号,2023 年)
  • 道上 勉 著,「電気学会大学講座 送配電工学[改訂版]」
  • 令和4年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問6「直流送電の適用箇所」
  • 令和元年度 第二種 電気主任技術者 一次試験 電力 問7「直流送電の利点と課題」
  • 平成28年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問6「直流送電の適用箇所」
  • 平成24年度 第二種 電気主任技術者 一次試験 電力 問3「直流送電の主回路構成」
  • 平成24年度 第一種 電気主任技術者 二次試験 電力・管理 問5「直流を介する連系(直流連系)」
  • 平成18年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問4「直流送電」
  • 平成12年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問3「直流送電」
  • 平成8年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問3「交流電力系統内に直流送電系統を設置すること」

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更新履歴

  • 2021年11月11日 新規作成
  • 2021年11月22日 用語解説を追加
  • 2021年12月8日 直流送電方式を追加
  • 2021年12月12日 参考文献に「平成24年度 第二種 電気主任技術者 一次試験 電力  問3」を追加
  • 2022年1月1日 参考文献に「直流送電の送電方式」「交流送電の特徴」を追加
  • 2022年2月4日 参考文献に「大規模災害時の電力供給能力向上を目指して~飛騨信濃周波数変換設備」を追加
  • 2022年2月9日 直流送電の適用分野,参考文献に「平成12年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問3」を追加
  • 2022年5月14日 参考文献に「平成28年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問6」を追加
  • 2022年5月28日 参考文献に「平成18年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問4」を追加
  • 2022年6月5日 「自励式変換器の直流送電への適用」を追加
  • 2022年6月11日 参考文献に「平成8年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問3」を追加
  • 2022年8月28日 参考文献に「令和4年度 第一種 電気主任技術者 一次試験 電力 問6」を追加
  • 2022年11月6日 参考文献に「平成24年度 第一種 電気主任技術者 二次試験 電力・管理 問5」を追加
  • 2023年10月21日 参考文献に「直流送電の利用拡大と将来の広域送電網」を追加
  • 2024年3月30日 南福光変電所・連系所の補足を追加,検索エンジン向けタイトル,SNS 向けタイトルを追加

*1:19 世紀末の電気事業黎明期にエジソンらが直流送電方式を採用したが,後に交流送電にとって代わられた。

*2:交流 60 Hz,500 kV で送電する場合,距離が 60 km まで長くなれば,充電電流の影響により送電容量が半減する。一方,直流を持ちると,送電距離が増加しても送電容量はほとんど低下しない。

*3:架空送電線亘長が 500 km 以上となる場合は交流よりも直流のほうが建設コストが安価となり有利になるとされる。

*4:中部電力パワーグリッドの2024年度供給計画によると,南福光連系所の BTB は 2026年4月に廃止される予定である。